2007年10月03日

アメリカン・ニューシネマの代表的作品(いちご白書、ファイブ・イージー・ピーセス、ダーティハリー、カッコーの巣の上で 他)

『いちご白書』-The Strawberry Statement (1970)
(監督:スチュワート・ハグマン 出演:ブルース・デイヴィスン/キム・ダービー)
学園紛争に引き裂かれていく男女2人の恋。

『ファイブ・イージー・ピーセス』-Five Easy Pieces (1970)
(監督:ボブ・ラフェルソン/出演:ジャック・ニコルソン)
裕福な音楽一家に育ちながら、他の兄弟とは異なる流転の青春を送る男の心象を淡々と描く。エンディングがアメリカン・ニューシネマ的な印象的な作品。


『フレンチ・コネクション』-The French Connection (1971)
(監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ジーン・ハックマン/ロイ・シャイダー/フェルナンド・レイ)
麻薬組織に執念を燃やすポパイことドイル刑事の活躍。体制側の視点から社会病理を描く。

『ダーティハリー』-Dirty Harry (1971)
(監督:ドン・シーゲル 出演:クリント・イーストウッド/アンディ・ロビンソン)
殺人を犯しながら無罪放免になった犯人と刑事との攻防を描き加害者と被害者の人権問題を提起している。

『破壊!』 -Busting (1973)
(監督:ピーター・ハイアムズ 出演:エリオット・グールド/ロバート・ブレイク)
麻薬組織と癒着した警察に反旗を翻す刑事2人の活躍と挫折。

『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』-Dirty Mary Crazy Larry (1973)
(監督:ジョン・ハウ/出演:ピーター・フォンダ/ヴィック・モロー)
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2007年09月27日

ニューシネマの誕生とその特徴についての考察

1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、「観客に夢と希望を与える」ことに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、夢のような恋物語が主流でありハッピー・エンドが多くを占めていた。

1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などによりハリウッドは制作本数も産業としての規模も凋落の一途を辿り、また「赤狩り」が残した爪痕などにより黄金時代には考えられなかった暗いムードをもった作品も少なからず現れたものの、基調としては1960年代後半まではかつてのハリウッドのイメージを踏襲していたと言えよう。

一方、ヨーロッパにおいては1950年代末期から続きを読む

世界の映画の中心地・ハリウッドの歴史紹介

1903年、当時農村だったハリウッドは市制を施行するが、1910年にロサンゼルス市と合併した。20世紀のはじめのこの頃、映画の中心地はニューヨーク(ニュージャージー州フォート・リー)とシカゴであった。

特許をめぐる争いが発端となり、当時の大手映画製作者や映画関連機器製造業者、製造業者ら9社続きを読む

2007年09月24日

アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半 - 70年代にかけてアメリカで製作された

アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半 - 70年代にかけてアメリカで製作された、反体制的な人間(主に若者)の心情を綴った映画作品群を指す。英語では”New Hollywood”がこれを指す。

1967年12月8日付けの「タイム」誌は、『俺たちに明日はない』を大特集し、派手な見出し「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という記事の中で新しい米国映画の動向をレポートした。
『俺たちに明日はない』 >>
<<あらすじ>>
1930年代のクライド・バーローとボニー・バーカーの実話を元に描かれている。

クライド(ウォーレン・ビーティ)がボニー・バーカー(フェイ・ダナウェイ)の母親の車を盗もうとする場面から映画は始まる。ボニーはクライドの非合法的な振る舞いに興奮させられ、そして、彼は彼女の面前で店から掠奪をすることで、彼女をさらに刺激する。

クライドはボニーを引き連れて車を掠奪し、彼らの伝説的な犯罪を行い放題が始まる。2人は町から別の町まで渡り歩き小さい強盗をやってのける。

彼らがクライドの兄バック(ジーン・ハックマン)と彼続きを読む

2007年09月22日

世界の映画界をリードするハリウッドとはこんなところ!

ハリウッド (英語:Hollywood) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州のロサンゼルス市にある地区。映画産業の中心地。アメリカ映画界の事を指してハリウッド映画とも呼ばれる。

Hollywood とは Holly(柊)の森という意味だが、Holy(聖)との誤解から「聖林」と訳されそれが定着してしまった。柊が生えていないのに何故ハリウッドと呼ばれるようになったのかは未だに謎である。

ハリウッドサイン
ハリウッド地区を象徴するサインHOLLYWOODは世界的に有名である。晴れた日には40〜50キロ離れたところからでも見える。
このサインは、1923年に「HOLLYWOODLAND」という不動産会社の広告として、一文字が高さ14m(45フィート)幅9m(30フィート)もある「HOLLYWOODLAND」という文字に、4000個の電球が取り付けられ、当時の金額で21,000ドルをかけて製作されたものだった。

広告の保守・管理が1939年にやめられたため、長年風雨にさらされ「LAND」の部分が破損、美観を損ねるということで1949年に地元の商工会議所が一般からの寄付を募り、4,000ドルを費やし破損した部分を撤去した。やがて残された部分も傷みがひどくなり、1973年に28,000ドルの寄付を募る事により全面改修を計画。

1978年にはハリウッド・サイン基金(Hollywood Sign Trust)が設立された。同年ヒューズ・ヘリコプター会社、パシフィック・アウトドア広告会社、ヒース看板会社が共同で元々のサインを解体、同じ場所に鉄骨造りで、現在見る事が出来る「HOLLYWOOD」のサインを建てたのである。

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